トータルライフ総合事務局

コラム「元気が出る経営と経済」Revitalized Economy & Management

第四回 新しい経済、経営に挑戦する原点

高橋佳子先生との出会い 1

「私が変わります」の歩みに誘なわれて

私が初めて高橋先生との出会いを頂いたのは1976年の6月のことです。人間がその本質である魂にめざめ物質文明をこえた魂文明を起こす時代のさきがけとなられた高橋信次先生(GLA主宰)がご逝去された時、その人類救済の悲願を継承された高橋佳子先生がご遺影の前で誓願をされる場面でした。

その朗々として胸に響いてくる一点のくもりもない誠実と勇気、志の深さに、私は存在の底からショックを受け、感動し、心に思い定めるものがありました。

それまでの私の人生は、自分のため、そしてかつての一族の栄光を取り戻すための人生でした。満一歳で父を亡くし、福岡で育った私はその一念から東大法学部に、そして遠戚で元興銀総裁でもあった河上弘一氏のご縁で興銀に入り、やがて調査部の次長へといわゆる出世の道を歩んでいました。

高橋信次先生に師事していたのもはずかしいことですが、初めの動機はそこからだったと思います。その私の姿が透けて見えた、というのでしょうか。「世界にこれほど純粋な志を生きるお方があるとは!何としてもこの先生に入門したい。この先生のお役にぜひ立ちたい」。その願いが、これまでの人生に対するはずかしさと共に強く湧いてきました。

その7年後、今から18年前になりますが、私は興銀を辞し、先生に師事し、経済評論の仕事をするとともに志を同じくする人たちのお世話に専念することとなりました。本当に良かったと思います。

自分のことしか考えず、他の人には無関心だった私が、いつの間にか、他人の悲しみ、喜びを、自分の悲しみ、喜びのように感じるようになり、また、苦しみを乗りこえることができた方には心から感動し涙があふれて仕方がない私になっていました。

どんな事態や試練が起きても、それは今の私にとって必要なこと、「私の感じ方、受けとめ方、考え方を変えなさい」、という呼びかけであり、もっと言えばその向うには神の温かいまなざしがある、とも思えるようになりました。また、問題を抱えている方にお会いし、お話をしていると、その方の本心からの願いが次第に解答へと自然に道をひらいてゆかれることが感じられ、このようにご一緒に問題を考えてゆくことは、私にとっても大きなよろこびとなりました。

高橋佳子先生との出会い 2

“ビッグクロスとの再結”の歩みに誘なわれて

また、以前は、私にとってあらゆる生命や地球、また宇宙を支えている大いなる存在については、曖昧な感じ方しかもっていませんでした。

しかし、高橋先生の人や出来事への関わられ方を見せていただいている内に、超越的なことでありながら、同時に、身近かなビッグクロスとの絆への実感も少しづつ深まってきました。

それは、少々のことには動じなくなった私の重心にもなっているように思います。

そして日々の出会いや出来事によって自分を見つめ直し、生き直しの機会としてゆくことがどれほどかけがえのないことか。ならば“精神(の世界)”と“現象(の世界)”を融合して新しい経済、社会、文明を興してゆくことにもっと役立ちたい。その志も益々強くなっています。

また、興銀にいる間は、マクロの立場から鳥瞰図的に、といえば聞こえは良いのですが、上下の感覚で経済や経営を見ていた私がありました。

しかし、高橋先生のご助言で数年間、小さな企業2社の経営に携わらせていただき、中小企業の経営がどれほどの不安や葛藤に満ちたものであるか、社内の人間関係がどんなに大切かを体験させていただいたのも有難いことでした。

経済・経営に共通しているのは、それが「人間の営み」である、ということであり、「人と場」が本当の意味で活性化し、元気になることが良い経営、良い経済の基本であるという実感を、身体で確信できたからです。

このことは私が経済評論という仕事をするにあたっても中心の軸となってきました。

自分のことしか考えず、窮屈な思い込みにしばられていた以前の私からすると、このように自由で充実した今の私への変化は、想像もできない奇跡としか言いようがありません。

「道を求める」というようなイメージからは最も遠く、唯物的、利己的、排他的な野心家であった私でさえ、このように感じることができるのですから、高橋先生に出会われ、TL人間学を学ばれたならば、どんな方もきっと、私よりもっと早く、そうした充実感や新しい確信を持っていただけるに違いないと思うのです。